にっぽん再構築(1)産経新聞
s住基ネット 巨額税金消えた2000億円 官民巨大利権受け継ぐマイナンバー
2016/1/1 06:00
【にっぽん再構築(1)】住基ネット 巨額税金消えた2000億円 官民巨大利権受け継ぐマイナンバー
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昨年、政府高官はある地方の何の変哲もないビルに足を踏み入れた。入居者を示す表札プレートはどこにも見当たらないが、屋内では訪問者の本人確認を行う生体認証など複数のセキュリティーゲートが立ちはだかる。
窓一つない分厚いコンクリートに囲まれた部屋にたどり着くと、巨大なサーバーに圧倒された。全ての国民の住民票コード、そしてマイナンバーを一手に担う地方公共団体情報システム機構の心臓部だ。
高官は昨年5月の日本年金機構の年金個人情報漏洩事件で胸騒ぎを覚えたのか、入念に室内を見て回り、「完全かつ安全に管理されている」と胸をなで下ろした。ビルの存在を知るのは、一握りの政府高官とシステム機構職員だけ。「場所が特定されるとテロの恐れがあり、非公開とする」との内部規定もある。
秘匿性を優先しセキュリティーに万全を期す一方、外部からの監視が行き届かなくなるのは必定だった。
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12桁の個人番号を記したマイナンバーカードの無料配布が1月から始まった。逆に昨年末にひっそりと発行を終えたのが、11桁の住民票コードを割り振った住民基本台帳ネットワークの住基カードだ。
政府は業務効率化と国民の利便性向上を図ろうと、全国の市町村が氏名・住所などの個人情報を共有する住基ネットを平成14年に導入。以来、2千億円をはるかに超える税金を投じながら、カードの交付枚数は710万枚(昨年3月)。普及率は5・5%にすぎない。しかも、10年間というカードの有効期限が過ぎれば、マイナンバーカードとして「発展的解消」(総務省幹部)するという。
巨額の税金投入は無駄に終わったのか。
「費用を大幅に上回る効果が出ていると考える」
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高市早苗総務相は昨年12月25日の閣議後の記者会見でこう総括。「前政権の時のもので恐縮だが」と断った上で「22年度ベースで510億円の効果」という試算をわざわざ持ち出した。
だが、実際に検証されたわけではない。総務省は各省庁の無駄遣いをチェックする行政改革の旗振り役「行政評価局」を有するが、カード普及率の低迷を把握しながら、調査を忌避してきたのである。
同局総務課は「対象にならないとはいえないが、担当課が検証すべきだ」と責任転嫁。所管の自治行政局住民制度課は「カード利用が限定されていた部分はあったが、年金受給者の現況届が不要になるなど目に見えない効果はあった」と強弁する。
カード普及に関心が低い一方で総務省所管団体の利権が確立されていった。
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総務省幹部らが天下る地方公共団体情報システム機構は住基ネットのシステム管理を担うほか、人口3万人以下の市町村からカード受注を続けてきた。平成15年度から昨年10月までに累計約30万枚を発行して約5億円を売り上げた。
しかも、郵送を通じて年金受給者の現況確認を行ってきた日本年金機構(旧社会保険庁)は18年末から、住基ネットを活用して確認を行うようになった。郵送代が不要になったものの、同時に情報提供手数料として1人当たり10円がシステム機構に支払われることになった。手数料は22~26年度までに累計87億円を突破。今年度も約22億円が機構の懐に転がり込む。
一連の収益は機構の人件費に転化する。現在、副理事長、理事職に総務省出身者が就いており、月給はそれぞれ約95万、80万円。ボーナスなど各種手当を含めると年収はそれぞれ一千数百万円に達する。
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民主党政権下の22年11月、省庁の無駄遣いをあぶり出す「事業仕分け」で評価員の大多数が、総務省幹部の再就職の自粛を求めたが、かたくなに登用を続けている。
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住基ネットへの接続を拒否してきた唯一の自治体が27年3月、事務処理が市町村に義務付けられるマイナンバー制度導入に伴い、接続に追い込まれた。
人口約6200人の福島県矢祭町。しかし、住基カードは発行しなかった。
カードがあれば、転出する自治体に届けを出さなくても、転入先に届け出れば住民票の移動ができるが、町の幹部は「一生に何回もない引っ越しのため持つ必要があるのだろうか」と首をかしげる。結局、町民の誰一人手にすることがない幻のカードと化した。
住基ネットに対する自治体職員や国民の不信感は、新聞などのマスコミが増幅させたとの見方もある。
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富士通総研の調査によると、第1次稼働時の14年8月の住基ネットに関する全国紙の記事数は1500本超。特に、毎日新聞や朝日新聞の見出しには、「不安」「不参加」「離脱」「流れる」「反対」「苦情」「拒否」など否定的なキーワードがならんだ。榎並利博・主席研究員は、「住基ネットは悪者だというイメージを植えつけた可能性が高い」と指摘する。
実際、22年に内閣官房が実施したマイナンバーを前提とした番号制度に関するパブリックコメント(意見公募)の結果、使用番号について住民票コードを支持したのは33件。「新番号にすべきだ」との意見は69件と多数を占めた。
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政府は自治体職員が扱う住民票コードをマイナンバー用の個人番号として利用すればコストカットが図れた。しかし自治体にも把握されないよう情報漏洩防止を徹底するため、住民票コードを変換して個人番号を当てはめる奇策に打って出た。政府関係者は「国民不支持の呪われた住民票コードをそのまま使うことはできなかった」と振り返る。
半面、巨大な官民の利権の構造は、そのまま受け継がれていく。
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住基ネットの初期投資額は約390億円。このうち、中核的なシステムについては、総務省が発注し、NTTコミュニケーションズ、NTTデータ、NEC、富士通が約320億円で受注した。年間のシステム運営費は現在も約100億円かかっている。
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マイナンバーには初期費用だけで住基ネットの総費用に匹敵する約2900億円の予算が投入される。
発注者のシステム機構によると、中核を担う個人番号生成システムの設計・開発業務は約69億円、ネットワークのシステムは約123億円で、いずれもNTTコミュニケーションズを代表にNTTデータ、NEC、富士通、日立製作所の5社コンソーシアム(共同体)が落札。住基ネットとほぼ同じ顔ぶれだ。ちなみに機構職員の2割はIT企業など民間出向者だ。
官民合わせて3兆円の市場が生まれるというマイナンバー制度。その基盤として住基ネットは引き続き運用されるので、運営費もその分かかり続ける。28年度予算で住基ネットとマイナンバーの「情報連携」経費200億円も計上した。
「ダムや原発が造りにくくなる中、新しく台頭してきた終わりなき公共事業だ」。白鴎大の石村耕治教授は指摘する。
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大手IT企業は、公共工事のスーパーゼネコン(総合建設会社)のような存在といえ、いずれも近年、官公庁向けの売り上げを急速に伸ばしている。「従業員の番号管理で全ての企業が負担を強いられる半面、特定の会社だけを潤す」(石村教授)構図だ。
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一方で、機構は27年度予算約750億円のうち、マイナンバーカード関連交付金として約440億円の収入を見込む。
金の流れは複雑だ。政府がまず、市町村が機構に委託するカード発行費用の補助金(27年度約483億円)を計上。機構は発行にかかった費用を市町村に請求し、市町村は補助金を原資にして機構に「交付金」を支払う。単純に総務省が直接、機構に支払えば行政効率化が図れるのに、あえてその関係をぼやかしているようにみえる。自治体と機構間の現金授受で完結した住基カードのやり取りとは異なる。
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関連法や省令によると、機構はマイナンバーカードの受注を「独占」することになる。原則、有料の住基カードと違って希望者は初回、無料で受け取れるので、普及は確実だ。
ただ、政府は更新カードの発行料を国民に負担させるかどうか決めていない。有料にすれば機構に新たな利権が生まれるだけに、今後も焼け太りする可能性は否定できない。
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昭和58年、産経新聞は行政の無駄に切り込む「行革キャンペーン」を展開した。それから33年、少子高齢化による人口減少と肥大化する財政赤字、秩序を失った国際情勢…差し迫る危機に対処するため、国や社会のあるべき「再構築」を考えていく。第1部は、見過ごされた行政の無駄と無責任の象徴にスポットを当てる。
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